小学生の夢を叶えるとは思ってもみなかった。(part1)

平凡な才能の人間がクリエーターになる。

1 小学生の夢は?

プロサッカー選手、野球選手、宇宙飛行士。

男の子が誰しも憧れる職業ってありますよね。

しかし、それを叶えた人はどのぐらいいるのだろうか。

本田圭佑や大谷翔平のように作文に書いて、実現できる人間っておそらくごく一握りなんだろうなと思います。

嘘かと思われるかもしれないが、私もともとゲームは好きで、なりたい職業も小学生の頃の夢に書いていたらしいです。

しかし、自分は全く覚えてない。

なぜ、わかったかというと私が現在の職業につくあたりに、両親がポツリと私が何かの文集で書いていたことを言ったことで、明らかになりました。

大学の選択も就活の際の企業選択もゲームを開発するという意識はしていませんでした。

本当に全く意識していなかった。

そんな私が、なぜクリエイティブなことの専門的な勉強をすることなく、小さい時代から育って、生きてきたことを書いてみたいと思いました。

少しでも、クリエイティブな職業に対して憧れたり、本当は興味があるけど、それを抑圧してしまっているような「若者」がいるようであれば、その人たちのために少しでもなれればと思って書きます。

2 世間一般的な話。

日本に限らずかもしれないですが、そんな夢を掲げることは大切だという風潮はあるものの、現実的な生活レベルだと、結局そんなことはない。

学校や仲間もそうだし、ほとんどの多数派はおよそクリエイティブな職業につくことはない。

というのは現実的なところだろう。

つまり、クリエイティブなことをやりたいと思うことはその時点で少数派になる可能性が高い。

そのような環境の中で人は、

いつしか本質的にやってみたいことを忘れてしまい、

なんとなくみんなと同じような生き方や選択を迫られ、

その中で競争することを強要されてしまう世の中だ。

さらに、常識や当たり前という名の魔物が、クリエイティブ志向の人間(私もその一種かな)に対しては生きづらさを生み出してしまう世の中なのだと。

3 生まれとゲームについて

私は、ちょうどファミリーコンピューターがで始めた頃に生まれました。

ゲームがある程度家庭にも普及していましたので、友達と遊ぶ際も外で遊んだり、ゲームをしたりという生活をしていたと思います。

そのように生活していた私はごくごく自然に、ゲームも好きな子供でした。

かなりのゲーマーというよりも、プレイのうまさも時間もやらない人よりは多いと思いますが、ごくごく普通な気がします。

というのも、小学校や中学校でも、運動もある程度できる方で、リレーのメンバーに選ばれるぐらいは足は早かったような気がしますが、クラスでトップとかではないです。

必然的に外で遊ぶのも大好きで、夏休みなどはよく外で一日中遊んでいたような子供でした。

わずかに違うのかなという思うことは、幼稚園や小学生の頃に自分で新しい遊びを考えてみんなで遊んでいたような気がします。

多分、今思えば全然面白くないような遊びで、あれこれ偉そうに指示出して、みんなにやってもらって、面白くない。

つまり、寒い空気になったりもしてましたね。

心の中で「あー、このルールは微妙だったかー」と思ったりした感覚は思えていますね。

4 変な空想癖

小さい頃の私は、今思えばいろいろ空想にふけるのも好きな子供だったと思います。

特にSFっぽいことを考えるのが好きだったと思います。

 人間の思考が脳で行われているのであれば、脳に対して電気信号を送れば人は生きてると誤解し続けながら、生きていけるのかみたいなマトリックス的な世界のことを空想したり。

 その脳自体が活動を止めることがあったら、自分という意識は一体どこに行くのか、死というものが途方もなく怖くなったことを今でも覚えています。

 当時、エヴァンゲリオンが公開されたタイミングとちょうどよかったのもあって、熱心に見ていたのも覚えています。

脳波でロボットを操作するとか自分が空想していた発想とドンピシャにハマったものだと思っていましたね。

5 何か飛び抜けた才能が欲しかった

自分の性格の中でも、負けず嫌いな部分があったと思います。勉強もできないことが嫌だったのか、塾に行くタイミングも早かったように思います。

こちらも運動同様、トップクラスというよりは、程よく上位ぐらいの出来だったと思います。

先ほどの運動も勉強も、才能的には優れた子供っているじゃないですか?

「彼らに勝てない。」

当時の小さな私は感じたんでしょうね。

何か他の人よりも秀でた才能を持っていることに憧れるじゃないですか人って。

そこに輪をかけて、成長期の私は、成長期特有に起こりやすい怪我をしてしまい、体育などを休む期間が多くなってしまいました。

勉強と運動を両方それなりに頑張っていた自分としては、運動においての可能性を閉ざされたような感覚に陥ったのを覚えています。

その辺のモヤモヤした気持ちから、私は少しづつ閉鎖的な性格になって言ったように思います。

何をやってもトップに立てない、常に劣等感を抱くような性格に仕上がって行きました。

しかし、学校社会では常に、比べられることが続く。その中で負けたくないから勉強はとりあえず常に頑張ろうとしていたと思います。

中学あたりまでの話でしょうか。

私のベースの性格などはこんな感じだったと思います。こんな人間が自分のやりたい仕事に携われたり、それで生活できるなんて露とも思っていませんでした。

ただ、自分の人生自体を、なんとなくでは終えたくないという気持ちは結構強かったと思います。

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